旧名田庄村には村の人なら誰もが知っている二つの山がある。東の八ヶ峰と西の頭巾山である。昔の知三小学校の校歌に八ヶ峰は歌われていた。「八ヶ峰の峰はいや高く、流れ尽きせぬ南川、・・・」。頭巾山はシャクナゲで有名である。このふたつの山の間に堀越峠がある。名田庄から京都に到る国道126号線はこの堀越峠をトンネルで抜けているが、旧国道の残りである堀越峠も立派にちゃんとした峠として残っている。
八ヶ峰から頭巾山までの尾根を一般の人にも歩いてもらおうと計画しているので案内してもらえないだろうかと、おおい町のあるグループから頼まれて、久しぶりに通しで歩くことになった。実施したのは、堀越峠から頭巾山が2016年11月29日、八ヶ峰から堀越峠が2016年12月12日であった。
実はかつて小生の所属する福井山岳会は、会の一大事業として福井県の県境を西の京都府との境から東の石川県との境まで、ほとんどが藪の道なき道を2年4ヶ月かけて全て歩き通したのである。昭和53年から昭和55年4月までのことであった。
月日は流れ県境は大きく様変わりした。鹿の増加に下草・藪の消失である。いま、若狭の山を歩くことは、少し地図が読める人ならそれほど困難なことではない。この頃は山歩き用のGPSさえある。県境を観光という観点から一般の人に歩いてもらおうといった発想は、昔なら出なかったに違いない。頼まれて案内することになった時、かつて県境を歩くことがどれほど困難であったか、そのことも伝えたかった。(あまり自慢たらしく言うのは、年取った証拠だとは分かっているけれど)
堀越峠から頭巾山(2106年11月29日);
一行5人は名田庄道の駅から車で旧国道の堀越峠まで運んでもらった。福井県から京都府に抜けるこの旧国道は新しい国道が並行して走っているのに閉鎖されずにあるめずらしい道で、オフロードのバイク愛好家には評判の道らしい。京都府側からの道の方が状態が良いのでそちらから堀越峠に入った。
8時20分、峠からいきなりの急登である。一緒に行った方は常日頃から山に親しんでいるというような人たちではなかったので、この登りはきっときつかったと思う。20分ほどで平坦な尾根になった。あとは緩やかに登ったり降りたりである。
今日のコースで途中にある唯一の三角点(三等三角点、675.2m。点名は西谷)に1時間ほどで着く。天気はあまり良くなくガス状態の中を歩く。あまり太くはないがガスの中に浮かぶブナ林は美しい。
三角点からさらに1時間ほどで横尾峠に着く。小さな石室に地蔵が2体おさまっている。ここから左に立派な道があり、何も考えず、地図で報告を確認せずその道に入った。道は広く快適である。ただ下がるばかり。途中おかしいなとは思ったが、あまりにも楽なのでそのまま行くと、下りてきた方向に向かって、つまり我々の後方に向かって「←頭巾山」の看板に出くわす。間違ったのをその時初めて気がつく。10分ほど降りた後だった。みんなに謝って引き返す。
最後の登りは少々急だったが無事頭巾山山頂に到着。12時であった。頭巾山;871m、二等三角点。国土地理院の点名は「納田終村」である。小雨の中昼食を済ませて名田庄側の登山口に下りる。頂上から下り始めて直ぐの岩場の下山道が思っていた以上に危ない状態だった。1時間ほどで下の林道に着いた。迎えに来てくれる車とは林道を下っているときに出会い、そこから道の駅まで乗せてもらった。
地図に( )で書き込んであるのは県境縦走をやっていた昭和53年の時の記録。いかに藪に悩まされたか、通過するのにかかった時間で想像して欲しい。頭巾山から堀越峠まで一回で行けなかったのである。しかも2回目は峠にあるテレビの鉄塔が見えるのにどうしてもそこまで行けなかったのである。
知井坂から堀越峠(2016年12月12日);
今年中に頭巾山から八ヶ峰までで歩きたいと頼まれていたので、今日が最後のチャンスの日だった。前日の雨が山ではうっすらと白い雪となって、それは歩くのに邪魔にはならないが山の美しさを引き出すには最適の量の雪であった。途中まで車で送ってもらったが、登りカーブの急傾斜なところで車は落ち葉に滑って上れなくなり、そこから歩き始めた。八ヶ峰の頂上の下を巻くように付いている道は白く、初めて雪のある山に入った人は歓声を上げていた。知井坂に9時に着く。
ここから尾根に取り付いた。春に途中まで歩いているので、その時に付けた赤いテープが先導するようにある。前回11月29日と比べ歩き始めが緩やかでおまけに美しい雪の山である。みんな上機嫌であった。緩く延びている尾根はもう冬山の様相である。
772mに9時35分着。この先の尾根が北西に延びていて、そのまま進んで違う尾根に、ほんのしばらくだったが入った。下がっているのに気づき引き返す。あとは、本日は間違えることなく行くことができた。720mに11時過ぎに着く。少し早かったが昼食となる。雪の上にみんな座り昼飯。
送電線が尾根を横切っている地点にちょうど正午に着く。全員の記念撮影。ここからはしばらくほとんど真西に進んだあと、V字状に折れ曲がったその先端に位置するオバタケダン(729.1m、三等三角点、点名は盛郷)の登りがある。標高差はおよそ100m。傾斜は近づいてみればそれほどでない。「←オバタケダン、棚野坂→」の標識を見て頂上を目指す。12時50分到着、頂上の三角点が雪の中から上半分を見せている。北に向かう下りに道を取って堀越峠を目指す。V字状のちょうど左の真ん中当たりの平坦になった尾根で、木々の間から真っ白な白山を見ることができた。大の字がいくつも付いた感激であった。他の人にあれが白山だと自慢げに説明する。
堀越峠のテレビ塔までどれくらい苦労するかと思っていたら、緩やかな登りを登っているうちに直ぐ先に塔が見えてあっという間に着いた。13時30分。知井坂を出てから4時間半で着いた。県境縦走の頃は7時間半以上かかっていたコースである。テレビ塔からは車道を下りて迎えの車が来るまでちんたらと歩いていた。
ともかく全コース年内に歩き通せて良かった。来年になると歩いたところに適当な案内板が付くことになっている。