仏教は大学のときに関心事となりいまもそれは続いている。
20歳過ぎに、突然、「ああ、自分は死ぬのだ」と思った。そのきっかけはあるのだけれど、とてもプライベートなこと。
これには困った。子供を見ても、あの子はいずれ死ぬのだと、そのことがまず浮かんだ。いまから思うと、このような感じはよくないことのように思う。
「死ぬこと」を解決するために、当時金沢大学におられた橋本芳契先生のところに行くのだが、そして維摩経(ゆいまきょう)を教えてもらことになるのだが、長い話になるので、ぼちぼち書いていく。
仏教は大学のときに関心事となりいまもそれは続いている。
20歳過ぎに、突然、「ああ、自分は死ぬのだ」と思った。そのきっかけはあるのだけれど、とてもプライベートなこと。
これには困った。子供を見ても、あの子はいずれ死ぬのだと、そのことがまず浮かんだ。いまから思うと、このような感じはよくないことのように思う。
「死ぬこと」を解決するために、当時金沢大学におられた橋本芳契先生のところに行くのだが、そして維摩経(ゆいまきょう)を教えてもらことになるのだが、長い話になるので、ぼちぼち書いていく。