生老病死の生


ナーガールジュナ著≪大智度論≫を畏友(大谷大学、仏教学)と読んでいたら、巻の第14に、
「心、動ぜざるが故に、まさに羼提(クシャンティ)波羅蜜を具足すべし」という経文の解釈のところで、
生老病死の四苦の生(しょう)は、生まれるその時の苦しみであるという記述に出会いましたので、そのことについてて少し。
なお、上記の経の意味は「心が動じることがなくなるから、悟りにいたる道の一つである”耐えること”をマスターしよう」(拙訳)

≪大智度論≫は、参考1にあるように、≪大品般若経≫の逐次解釈であるので、経典の一文を取り出して、延々と解釈している、とても面白い論書です。

写真はその一例です。
大智度論、本の一部

経の字が四角く囲われている、その下に経からの引用があり、論の字が四角く囲われている、そこから解釈が始まっています。経典からわずか一行の引用に関して、20頁近く説明・解釈が続いています。この調子で経の文言を解釈・解説しているので、≪大智度論≫は膨大な論の書物です。国訳大蔵経の論部第1巻から第4まで。そのエネルギーたるや驚きの一言です。

なんと書いてあったのか、生苦のところだけ取り出すと、
”一切衆生は常に衆苦あり、胎に処しては逼隘して諸の苦痛を受け、生るる時は迫迮して骨肉破るるが如く、冷風身に触れて剣戟よりも甚し。是の故に仏の言はく、「一切の苦の中にて生苦は最も重し」と。”

子宮の中の胎児はそこが心地よいので、そこで聞いたと思われる音を聞かせると安心するとどこかで読んだような気がしますが、ここでは胎児はとても苦しい状況にあると書いてあります。誕生の時はとてもつらいと。

なぜ、生老病死の生を誕生の時の苦しみと解釈することに関心があるかというと、お釈迦さんが悟りを開いたとき、老病死の苦しみは生まれること(生)があるからだ、それが縁になって(原因として)老病死の苦しみがあるのだと、生老病死はそういう説明になっています。お釈迦さんは紀元前5世紀頃の人です。

つまり、ここでは生苦(しょうく)は生まれてくる、その時の苦ではなく、誕生という現象一般のことを指していたからです。それが、≪大智度論≫では、生まれてくるその時の苦しみが生苦だとなっている。ナーガールジュナは2世紀の人なので、釈迦没後700年ほど経ってこのような解釈が出てきたというわけです。

”四苦八苦する”といういい方がありますが、四苦は生老病死、それに①愛するものと別れる苦、②恨み憎んでいるものと会う苦、③欲しいものが得られない苦、④判断したことや感じたことなどに執着する苦(この④は先の①から③までを含んでいるように思うけれど)の四つを加えて四苦八苦。どれも思い当たる節があります。

仏教の面白いのは、生老病死などと非常に抽象的なことを並べて、ここではそれを四苦とし、そのあとに極めて具体的な事をあげて、最後にそれらを含めたものも一つと数えて、全部足して八苦だとしてしまうところです。概念的にはさまざまなレベルが入り交じって、それでもそれらを対等に数えて四苦八苦。実践が宗教なのでこれでOKなのでしょう。

<参考>
1.大智度論(だいちどろん)(『仏典解題事典』(1977年第2版、春秋社)より)
ナーガールジュナ(竜樹、紀元150~250)著
(前略)本書は≪大品般若経≫の逐次解釈であるが、(中略)学説・思想・用例・伝説・歴史・地理・実践規定・僧伽などにわたって詳細を極め、関説もしくは引用される経典・論書も、原始仏教聖典はいうまでもなく、部派仏教の緒論書から初期大乗仏教の法華・華厳等の諸経典に及んでいる。(中略)主著≪中論≫に見られる否定面と比べて、むしろ諸法実相の積極的な肯定面に力を注いでおり、大乗の菩薩思想や六波羅蜜などの宗教的実践の解明に努めてる。本書によって竜樹以前の仏教学説の大要が知られるとともに、とくに竜樹を基点とする大乗と小乗との相互交流と思想の発達を見る上に極めて貴重な資料を提供するものである。(後略)

2.ナーガールジュナ(竜樹)(『コンサイス 外国人名事典 改訂版』(1985年改訂版 三省堂)より)
インドの宗教思想家。大乗仏教の祖といわれる。仏教の‹空›の思想を哲学的に基礎づけ、後生の仏教に深い影響を及ぼし、‹八宗の祖›ともあがめられた。何らかの意味で多数の実体的原因を想定する思想を批判。(後略)



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早川 博信

早川 博信

 

一念発起のホームページ開設です。なぜか、プロフィールにその詳細があります。カテゴリは様々ですが、楽しんでもらえればハッピーです。


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