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	<title>Hの人生(補） へのコメント</title>
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	<description>カテゴリは様々ですが、楽しんでもらえればハッピーです。</description>
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		<title>早川 博信 より</title>
		<link>http://hayakawa-tobe.net/?p=2320#comment-11246</link>
		<dc:creator>早川 博信</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 May 2020 11:15:25 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[「終活」の一種です、特に家族向けの、と言えば良いのか。しかし、自身も懐かしがっているので、必ずしも「家族向け」とは言えず、微妙ですね。
「Hの人生」は、まだ完成品でないのでそのうち更新しますので、そのときは目を通してください。

小説は新しいほうが面白いので読んでいます。田舎に住んでいるので本は図書館がほとんどですが。
「こころ」だけはここ一年のうちに読み返しました。
若い頃の悶々としていたときのことなどが重なって出てきて、感動とはちょっと異なった感じでした。

コロナが落ち着いたら、また定例の同窓会が開催できると思うので、それが楽しみ。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>「終活」の一種です、特に家族向けの、と言えば良いのか。しかし、自身も懐かしがっているので、必ずしも「家族向け」とは言えず、微妙ですね。<br />
「Hの人生」は、まだ完成品でないのでそのうち更新しますので、そのときは目を通してください。</p>
<p>小説は新しいほうが面白いので読んでいます。田舎に住んでいるので本は図書館がほとんどですが。<br />
「こころ」だけはここ一年のうちに読み返しました。<br />
若い頃の悶々としていたときのことなどが重なって出てきて、感動とはちょっと異なった感じでした。</p>
<p>コロナが落ち着いたら、また定例の同窓会が開催できると思うので、それが楽しみ。</p>
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		<title>鈴木利郎 より</title>
		<link>http://hayakawa-tobe.net/?p=2320#comment-11245</link>
		<dc:creator>鈴木利郎</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 May 2020 12:41:15 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[Hの人生、終活のひとつと考えていいのでしょうか。
漱石の小説「こころ」に
Kの遺書(自叙伝)に「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです。」とある。
これを引用して、大江健三郎は講演集「核時代の想像力―文学とはなにか？(1)」で
「われわれ小説家は、同時代の人びとに対して「記憶してください、私はこんなふうにして生きているのです」という、ときにはみじめなメッセージを送りつづけているのではないか。また読者が一冊の書物を読むことによってそのメッセージを受けとり、逆に自分はどのようにしていま生きているのかと、なにものかにたいして記憶をもとめる、そういうことがあるのではないか。・・・」と語っている。


貴兄は新しい小説を読まれているようですが、小生は古いのを読むようになっています。
「こころ」は高校生の頃読んだきりで、うん十年ぶりの再読で、当時の感動(青年の懊悩、煩悶、葛藤)は間違いないことを確認しました。
今回読んだのは岩波文庫で、解説はこの2月に亡くなりましが、大学でドイツを学んだ古井由吉で、発行人は金沢市出身で金沢大学卒業の岩波の社長安江良介にになっています。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>Hの人生、終活のひとつと考えていいのでしょうか。<br />
漱石の小説「こころ」に<br />
Kの遺書(自叙伝)に「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです。」とある。<br />
これを引用して、大江健三郎は講演集「核時代の想像力―文学とはなにか？(1)」で<br />
「われわれ小説家は、同時代の人びとに対して「記憶してください、私はこんなふうにして生きているのです」という、ときにはみじめなメッセージを送りつづけているのではないか。また読者が一冊の書物を読むことによってそのメッセージを受けとり、逆に自分はどのようにしていま生きているのかと、なにものかにたいして記憶をもとめる、そういうことがあるのではないか。・・・」と語っている。</p>
<p>貴兄は新しい小説を読まれているようですが、小生は古いのを読むようになっています。<br />
「こころ」は高校生の頃読んだきりで、うん十年ぶりの再読で、当時の感動(青年の懊悩、煩悶、葛藤)は間違いないことを確認しました。<br />
今回読んだのは岩波文庫で、解説はこの2月に亡くなりましが、大学でドイツを学んだ古井由吉で、発行人は金沢市出身で金沢大学卒業の岩波の社長安江良介にになっています。</p>
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